カメルーン火口湖ガス災害防止の総合対策と人材育成
1.序
1980 年代,カメルーン北西部のニオス・マヌーン湖で発生したガス災害は合計1800 名余の人命を奪った.原因となったガスは湖の深層水に溶解蓄積していたマグマ起源のCO2であった.CO2ガスは湖水から爆発的に噴き出し,周辺の地域に拡散し,住民を酸欠死させた.この現象は湖水爆発(Limnic eruption)と呼ばれている.湖水爆発は人類史上1980 年代のニオス・マヌーン湖で観測されたのみであり,極めて珍しい自然災害といえる.
湖水をマグマ(ケイ酸塩溶融体),CO2をマグマに溶存する揮発性成分と見立てれば,液相から気相が発生するという点で,湖水爆発はマグマ噴火と類似性が認められる.もしマグマ溜りにプローブを差し込んで,揮発性物質の濃度を観測できたら火山噴火は的確に予測できるだろう.これは現在の技術では不可能であるが,湖水爆発の予測は湖水に溶存するCO2濃度を的確に観測することで実現できる.
2.ニオス・マヌーン湖の現状
ニオス・マヌーン湖の湖底には,CO2を高濃度で含む温泉水の湧出があると考えられている.しかしその正確な場所は特定されていない.一般的に,温泉水は火山熱水系の産物であり,温泉水の湧出はマグマ溜りが存在する限り継続し得る.両湖の安全化を図るために2001 年以来,日本,米国,フランス,UNDP 等の援助によりガス抜き事業(Nyos-Monoun Degassing Project: NMDP)が実施され,2011 年時点でマヌーン湖のガス抜きはほぼ終了した.ただし,最深部の湖水には高濃度のCO2が依然として認められる.2010年時点でニオス湖にはまだ最大蓄積時(ガス災害発生直前)の約70 %のCO2が残存していた.2011年4月に2本のガス抜きパイプが増設された.これにより数年の間にCO2の大部分が除去できると期待されている.ニオス湖には別のリスクがある.ニオス湖の北岸はダムのような構造になっており不安定である.それが崩壊した場合,洪水はナイジェリア国境まで達すると恐れられている.崩壊による急激な水位低下により,深層水の圧力が解放され,湖水爆発を再発する可能性もある.
3.湖水爆発
ニオス湖で1986年に災害が起きた際のCO2の放出量は5.5×109モルと見積もられている(Giggenbach, 1990).一方で湖底からのCO2供給率は0.12×109モル/年(Kusakabe et al., 2008)であるので,約45年毎に湖水爆発が発生する計算になる.しかし,40~50年前に災害が起きたという記録はない.ニオス湖の周辺に住むコム族に伝わる伝承では,湖が突然爆発して部族が消滅したという.この伝承は遠い過去に湖水爆発が起きていたことを暗示している.以上のことから,湖水爆発が起きる前に湖底からのCO2供給率が上昇し1980年代の湖水爆発に繋がった可能性が指摘される.このことはカメルーン火山列(CVL)が活動期に入ったことと関係しているかも知れない.マヌーン湖とニオス湖でほぼ同時期に湖水爆発が発生したことや,CVLの南端に位置するカメルーン山が,1990年以降活発化し最近まで噴火を繰り返していたことは,両者の関係を暗示している.
湖水爆発の引き金については諸説がある.そもそも引き金など必要なく,マグマ性CO2の継続的供給により湖のCO2濃度が十分に高まれば,わずかなきっかけで爆発的脱ガスは起きるとする考え方がある.別の仮説として,災害直前に冷たい雨水が湖に大量に流入し,冷たい水塊があたかも地球のプレートのように深層に沈み込んだ結果,深部の湖水が持ち上げられ,圧力低下によりCO2が過飽和になり連鎖的・爆発的脱ガスを引き起こしたとする説もある(Giggenbach, W.F., 1990).研究の初期段階では湖底で火山噴火が発生したとする説も唱えられたが,現在ではその可能性は無いとされている.
4.防災の取り組み
国際協力機構(JICA)と科学技術振興機構(JST)は2008年に「地球規模課題対応国際科学技術協力事業(Science and Technology Research Partnership for Sustainable
Development:SATREPS)」を共同でスタートさせた.SATREPSの取り組みは,研究者が実施する学術研究と,途上国の研究者に対する物的援助が同時に可能な点で革新的と言える.SATREPSは日本のODAの目指すべき一つの方向を示している.SATREPSの一課題として、”Magmatic Fluid Supply into Lakes Nyos and Monoun, and Mitigation of Natural Disasters through Capacity Building in Cameroon”が採択された.この課題では,1)湖水爆発のメカニズム,2)湖水および周辺土壌・大気のCO2分布,3)地下水の流動,4)CO2-岩石相互作用,5)湖水のリアルタイムモニタリング,6)深層水溶存CO2の強制排除,7)火山噴火履歴,8)カメルーン火山列の地球化学等の研究をカメルーン国立地質調査所(IRGM)と共同で実施し,さらに,研究成果が行政機関に有効に伝わる仕組み作りを支援する.共同研究の成果に基づき,カメルーン政府がニオス湖地域に安全宣言を出すことにより,被災者が帰還し地域の復興と開発が進むことが期待される.たとえ安全宣言を出したとしても,湖の周辺の安全を確保するには永年に渡る継続的な観測が必要である.本課題ではカメルーン国が湖の継続的な観測および研究を実施できるように,共同研究に加え若い世代の人材育成,研究機材の供与を行う.途上国において災害を防止するにはこのよう取り組みが必要不可欠であると考えられる.
5.引用文献
Giggenbach, W.F., 1990. Water and gas chemistry of Lake Nyos and its bearing on the eruptive process. J. Volcanol. Geotherm, 42: 337-362.
Kusakabe, M., Ohba, T., Issa, Yoshida, Y., Satake, H., Ohizumi, T., Evans, W.C., Tanyileke, G., Kling, G., 2008. Evolution of CO2 in lakes Monoun and Nyos, Cameroon, before and during controlled degassing. Geochem. J., 42: 93-118.